河崎裕之(かわさきひろゆき)さん「ハンドリングのヤマハ」の職人芸!シャケさんは最強の開発ライダー!

Hiroyuki Kawasaki YAMAHA YZR500

シャケさんは最強の開発ライダー!

河崎 裕之(かわさき ひろゆき、1945年10月31日 – )
京都府出身。

「ハンドリングのヤマハ」と称されるヤマハレーシングバイクの特徴を造りあげた立役者。
日本の誇る、元レーシングライダー、開発ライダーです。

愛称は「シャケさん」

シャケさんの略歴

高校生の頃に、河原でオートバイを乗り回すことに目覚め、モトクロスにハマっていきます。
1965年にはスズキの契約ライダーになりますが、後にロードレースに転向。

1967年には日本GP(富士)50ccクラスで3位表彰台。
1968年に、スズキの世界グランプリ撤退に伴って、ヤマハと契約する。
ただし、どちらかというと開発ライダーとして、本橋明泰選手らの薫陶を受けることになります。

1970年全日本選手権にレギュラー参戦すると、全日本シニアの251cc以上クラス(当時)で全日本チャンピオンを獲得します!

1976年にインドネシアGPで優勝。

1977年もからはスズキに復帰。この年もインドネシアGPで優勝。
ちなみにGP500ccクラスのレーシングマシンRG500の開発担当となります。

1979年 世界選手権 WGP500 スポット参戦 オーストリアGP 5位入賞
1981年 世界選手権 WGP500 スポット参戦 オーストリアGP 3位入賞

1982年までスズキに在籍し、数戦のスポット参戦などもしながら、マルコ・ルッキネリの1981年WGP500ccクラスチャンピオン獲得をサポートします。

1983年にヤマハに復帰。
さっそく1984年型YZR500(0W76)の開発を手がけ、エディー・ローソン選手が世界グランプリWGP500で世界チャンピオン。全日本選手権では平忠彦選手のGP500ccクラスの全日本チャンピオンに貢献した。
以降YZR500の開発を行いながら、自身も全日本選手権や、世界選手権に参戦。

1987年、20年ぶり開催となった世界選手権の第1戦 鈴鹿の日本グランプリでは、最終ラップ、6位走行中の河崎選手が、後輩の平選手に道を譲り、自身は7位となることでWGP500シリーズフル参戦へのアシストをしていた。
1987年のシーズンオフにはマカオGPに出走。

1988年 引退

現在はヤマハのレーシングアドバイザーです。

マカオ・グランプリ補足

1987年のシーズンオフ マカオGPに出走。
世界グランプリライダー、ロン・ハスラム選手も出場したこのレース。
YAMAHAのホープ、藤原儀彦(ふじわらのりひこ)選手の引率兼レーサーとして、市街地レースをこなしていました。

より以前にも出走されていたんじゃないかと記憶していますが、おぼろげです。

マカオGPの豆知識

ちなみのこのマカオGP、4輪だと、2001年に佐藤琢磨選手が優勝した、あのやばい公道レースです。
モナコGPよりも、道が狭くて危険と言われているコースです。

マカオに行った時に、普段の市街地としてコースを見ましたが、あそこでレース!?イカれています。

4輪レースですと、F3とかのカテゴリーがあり、かのアイルトン・セナ(1983年優勝)やミハエル・シューマッハ(1990年優勝)、デビッド・クルサード(1991年優勝)、ラルフ・シューマッハ(1995年優勝)、佐藤琢磨(2001年優勝)など、後のF1ドライバーたちが優勝しています。
つまり、ここで勝てたらF1へ行けるぞ!くらいの、若手ドライバーにとっては登竜門的存在の特別なレースといえます。

河崎裕之選手の主な戦績

戦績
1965年 スズキの契約ライダーとなる。
1967年 世界GP 50ccクラスにスポット参戦し、日本GPで3位入賞。
1968年 ヤマハへ移籍。
1970年 全日本選手権にレギュラー参戦し、251cc以上クラスの全日本チャンピオン!
1977年 スズキへ移籍後はRG500の開発にも尽力。
1979年 世界選手権 WGP500ccクラスにスポット参戦 オーストリアGP 5位
1981年 世界選手権 WGP500ccクラスにスポット参戦 オーストリアGP 3位
1983年 再びヤマハへ移籍後はYZR500の開発を手掛ける。
1987年 世界GP 500ccクラスにスポット参戦し、日本GPで7位入賞。
1988年 引退。

開発ライダー河崎裕之

「ハンドリングのヤマハ」を造った人です。

開発ライダーとしての評価が高く、世界選手権ではマルコ・ルッキネリ、エディー・ローソンの世界チャンピオン。全日本選手権では、平忠彦選手、藤原儀彦選手らの全日本チャンピオン獲得を支えた黒衣といえるでしょう。

また、GP250ccクラスから後にGP500ccクラスへ転向し、共に活躍した本間利彦選手も、薫陶を受けたとして、度々シャケさんのお話を語られています。

プロ中のプロ。本物の開発ライダーだったそうです。

関連ライダーたち

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同じく後輩、本間利彦選手

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同じく後輩、藤原儀彦選手

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