上田 昇(うえだ のぼる)奇跡のデビューウィンから世界のベテランへ!

#56 Noboru Ueda WGP125

上田昇は日本を代表するレーシングライダー

上田 昇 (うえだ のぼる、1967年7月23日 – )

1989年 鈴鹿サーキットのノービス選手権でレースデビュー。シリーズランキング3位。

1990年 国際A級に特別昇格。全日本ロードレース選手権GP125ccクラスに参戦。シリーズ7位(1勝)。

#56 Noboru Ueda WGP125 Suzuka 1991

運命の鈴鹿日本グランプリ(1991年)

上田昇選手は自身の運命を変える1戦を迎えます。

それが鈴鹿の日本プランプリ。

そこで、上田選手はいきなりトップタイムを叩き出し、ポールポジションをとってしまいます。

▼そして決勝レース!



1991年 ワイルドカードで出場した鈴鹿の世界選手権日本グランプリで、ポール・トゥ・ウィンの大金星をあげて、そのまま世界WGP125ccクラスへフル参戦した。シリーズランキング5位(2勝)

明るい性格と、幾度もの怪我にも負けない不屈の闘志の持ち主。

世界での通算勝利数は13勝/160戦。強くて息の長い選手。

#7 Noboru Ueda WGP125 1997

NOBBY(ノビー)の愛称で呼ばれ親しまれていました。

海外に飛び出したのが早かったこともあり、日本よりもむしろ世界で人気の高いライダーでした。

上田昇の主な戦績

戦績
1991年 WGP125cc 5位(2勝、PP4) TSRホンダ
1992年 WGP125cc 9位 マールボロ・チーム・ピレリ ホンダ
1993年 WGP125cc 5位(1勝) マールボロ・チーム・ピレリ ホンダ
1994年 WGP125cc 2位(3勝、PP5) Giviレーシング ホンダ
1995年 WGP125cc 12位 Giviレーシング ホンダ
1996年 WGP125cc 7位(PP1)ドクショップ・レーシング ホンダ
1997年 WGP125cc 2位(4勝、PP3) チーム・ピレリ ホンダ
1998年 WGP125cc 13位(1勝、PP4) GiviホンダLCR ホンダ
1999年 WGP125cc 5位(1勝PP1) GiviホンダLCR ホンダ
2000年 WGP125cc 5位(PP1) GiviホンダLCR ホンダ
2001年 WGP125cc 9位(1勝) FCC-TSR TSR-ホンダ
2002年 WGP125cc 23位 センプルッチ・アンガイア・レーシング ホンダ0
 
※順位は年間ランキング
※PP:ポールポジション

日本人ライダーたちが世界を席巻


 

長寿ライダー上田昇について

なんだか一覧表にしてしまうと、凄く簡単に見えますけれど、世界の一線級を12年間って凄くないですか!?

オリンピックなら3回連続! しかも、その間一度も調子を落とすことなく戦い続けないと、すぐに椅子を失ってしまうのがレースの世界です。

チーム体制、マシン供給、サプライ供給、スポンサー、本人の実力とコンディションなどなど、どれが欠けても成立しない。
そんなレース界、しかも世界選手権で12年間。
怪我も多かったのに、すごい人です。

転倒クラッシュで、手の甲から指がボロボロになったシーズンがありました。
そのときも、一応指が曲げられるようにしてある金属の治具で固定して、まるでむき出しになったターミネーターの手のようになってレースに復帰してきた男。

笑いながらシャカシャカしていました。

たくましい男性です。

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