青木治親(あおきはるちか)! 世界チャンピオンからオートレーサーへの転身とその理由!気になる年収は!?

haruchika aoki champ

青木3兄弟の末っ子!

青木治親は世界チャンピオン!

日本人世界チャンピオン!青木治親

青木 治親(あおき はるちか)選手は、ロードレース界ではGP125ccクラスの2年連続世界チャンピオンです!

群馬県にて、青木三兄弟の三男坊として生まれ、長男 宣篤(のぶあつ)、次男 拓磨(たくま)と同様に、ポケバイ出身のレーサーです。

ただし、その活躍はロードレース界だけにはとどまらず、後にオートレース界へと転身。プロのオートレース選手としても活躍することになりました。

ロードレースデビューから衝撃の連続!

有名な青木3兄弟の末っ子というだけあって、そのロードレース界デビューは華々しいものでした。

1992年にロードレースデビュー。そのとき16歳。
地方選手権で38戦30勝!
しかもその年、若手の登竜門である「鈴鹿4時間耐久ロードレース」においても、藤原克昭とペアを組んでで優勝しています。

とんでもない強さです。

国際A級への特別昇格と同時に・・・

1993年、事件が起きます。

ロードレースデビューの翌年、国内最高資格の国際A級への特別昇格を決めていた青木治親選手ですが、この年からのルール変更で、世界挑戦へのビックチャンスを得ます。

1995_#12 Haruchika Aoki WGP125cc

国際A級への特別昇格と同時に世界選手権WGP(ワールドグランプリ)125ccクラスへフル参戦を果たすことになるのです。
(※それまでは、各国の上位ランカーしか世界選手権へのフル参戦は認められていなかったため、これは当時凄いことでした。)

世界と戦うということ

1993年 モトバムというチームからフル参戦に挑戦した治親選手ですが、1995年にチームを移籍後、世界チャンピオンを獲ります。

ご本人曰く、「チャンピオンになる前、怪我でレースを欠場したときに、観客席から客観的にライバルたちの走りを見る機会を得たのが大きかった。あれが、後にチャンピオンになるきっかけになった。」と語っていました。

思ったよりもゆっくり走っていたと・・・・・・。

混戦の中では見ることが出来なかったライバルたちの走りを、観客席から分析的に見ることによって、後の自分のライディングに活かしたそうです。

#1 Haruchika Aoki WGP 125cc

1995年と1996年にアリー・モレナー・レーシングチームで2年連続の125ccクラスチャンピオンを獲得します。

青木三兄弟の中で、実は唯一の世界チャンピオンです。

主なレース戦歴

1982年 初めてポケバイに乗る
1983年 ポケバイレース開始
1986年 ミニバイクレース開始
1992年 地方選手権で38戦30勝!鈴鹿4時間耐久ロードレース優勝(藤原克昭)
1993年 国際A級特別昇格、WGP125 フル参戦 世界ランキング14位
1994年 WGPGP125 ランキング12位(3位表彰台含む)/ 鈴鹿8耐7位(岩橋健一郎/ウルトラマンパワード桜井ホンダ/RVF)
1995年 WGP125 チャンピオン(7勝、ホンダに乗る日本人ライダーで初)/ 鈴鹿8耐リタイヤ(青木宣篤/ウルトラマンRT桜井ホンダ/RVF)
1996年 WGP125 チャンピオン(日本人ライダーでの初防衛)/ 鈴鹿8耐7位(青木宣篤/ウルトラマンRT桜井ホンダ/RVF)
1997年 WGP250 ランキング8位 / 鈴鹿8耐久15位(鎌田学/ウルトラマンレーシング/RVF)
1998年 WGP250 ランキング6位 / 鈴鹿8耐9位(鎌田学/ウルトラマンレーシング/RVF)
1999年 WGP500 ランキング15位 / 鈴鹿8耐33位(小西良輝/TSR/AC90M)
2000年 スーパーバイク世界選手権 世界ランキング18位
2001年 WGP500 ランキング17位(HONDA NSR500Vでベストプライベーター賞)/ 鈴鹿8耐13位(前田淳/CBR900RR)
2002年 WGP250 ランキング14位(HONDA RS250RWの開発)
2003年 鈴鹿8耐7位(出口修/DDBOYS/CBR954RR)
2004年 オートレーサーとしてデビュー(特例枠での初めての選手)
2005年 鈴鹿8耐 総合3位 JSB1000クラス優勝(現役オートレース選手として初参戦、安田毅史/オートレース・ハルクプロ/CBR1000RR)

Haruchika Aoki 2005 Suzuka 8h 3rd

オートレーサーへの転身とその理由

治親選手は世界から日本に戻り、特例枠でオートレーサーへの転身を図ります。

Haruchika Aoki Auto Race

そう公営ギャンブルのオートレースに舞台を移すのです。

「一生レーサー」

生涯レーサーとして活躍し続けるつもりだと言います。

ロードレースの世界は厳しくて、日本でそれだけで食べられるライダーは「20人居ないくらい」と言われていました。

中でも世界選手権に出るなどというのはF1レーサーみたいなもので、速さだけではなくて、スポンサー然り、チーム然り、トップレベルで戦うことが出来る体制を維持することがどれほど難しいか、片山敬済さん、平忠彦さん、清水雅広さんらを見ていても、感じ取ることが出来ますよね。

一生レーサーで食べていけるとするならば、「オートレーサーという選択肢があるのではないだろうか?」と思っても不思議ではありませんし、オートレーサーに転向するならば「今しかない!」というタイミングが目の前に来てしまいましたからね。

奥様とも相談して結論を出されたようです。

青木治親の気になる年収は!?

オートレースのレーサーって、ぶっちゃけ、儲かるの!?

オートレーサーの平均年収は約1,300万円~1,700万円と言われています。

青木選手の活躍状況を見ると、2,000万円~2,500万円くらいなのではないかと予想します。

青木治親選手には、川口オートレース場他でお会い出来ると思います。

ぜひ応援しに行きましょう!

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