青木拓磨(あおきたくま)motoGPに衝撃!WGP500をざわつかせた日本人ライダー!

#24 Takuma Aoki NSR500V

青木3兄弟の次男!青木 拓磨(あおき たくま)
青木 拓磨(あおき たくま、1974年2月24日 – )
群馬県出身のオートバイレーサー。

#71 Takuma Aoki HONDA NSR250

青木3兄弟の次男であり、兄に宣篤(のぶあつ)、弟に治親(はるちか)が居るが、3人共に世界を相手に闘ったトップライダー、トップレーサーたちである。

当時の最高峰クラスWGP500ccクラス(今で言うMotoGPだが、排気量などの設定ルールが異なる)で世界チャンピオンを獲りにいける日本人レーサーとして大きな期待を集めた選手である。

ポケバイ出身

兄の宣篤と同様に、幼い頃からポケバイで腕を磨き、若くして全日本選手権ロードレースに参戦してくる。

#13 Takuma Aoki HONDA RS250

父の英才教育が行われるわけだが、長年、我が子どもたちの適性などを観察してきたその親父さんの頭の中には「大排気量は拓磨」という思いがあったらしい。そういう雑誌のインタビュー記事を読んだ記憶があります。

国内選手権に参戦した青木拓磨選手は、兄同様に、いやそれ以上に強く逞しく活躍していきます。

全日本選手権に敵なし!

#1 Takuma Aoki HONDA RVF 1

年度ごとの主な戦績を記します。

国内戦歴

1982年 ポケバイにを知る
1983年 ポケバイレース開始
1986年 ミニバイクレース開始
1990年 ロードレースデビュー
 
1991年 国際A級に特別昇格
全日本ロードレース選手権 GP250 ランキング13位(カップヌードル・ホンダ)
 
1992年 全日本GP250 ランキング4位、鈴鹿8耐9位(青木宣篤)
1993年 全日本GP250 ランキング2位、鈴鹿8耐3位(マイク・スミス)
 
1994年 全日本スーパーバイク ランキング 2位(6勝)
1995年 全日本スーパーバイク チャンピオン(5勝)
1996年 全日本スーパーバイク チャンピオン(8勝で2連覇)
鈴鹿8耐 3位(カール・フォガティ)

世界グランプリへのデビュー権を獲得!

#1 Takuma Aoki HONDA RVF

国内の大排気量クラス2連覇を成し遂げるだけではなく、そのレース内容も見事なものでした。

青木拓磨選手は、満を持して、いよいよ世界へ渡ります。

しかも、世界最高峰クラスのWGP500ccクラスです。

#55 Takuma Aoki HONDA NSR500

前年、前々年の鈴鹿には共にワイルドカードで出場こそしているものの、確かに1995年はいきなり表彰台、1996年はファステストラップを記録!など騒がれなしたが、実際、慣れない500ccでいったいどう闘うのだろうか?

しかも、貸与されるマシンはNSR500V。
ワイルドカードで跨ったNSR500(4気筒エンジン)ですらない。

基本が4気筒エンジンの500ccクラスに、あえて低価格でプライベートライダーの参入を増やそうと政策的な背景で開発されたいわば非力なマシン。前年に岡田忠之、伊藤真一の両選手体制でグランプリデビューを果たしているものの、WGP250ccからスイッチした岡田忠之選手はともかく、長年NSR500に乗り続けてきた先輩の伊藤真一でさえも、丸1年かけてただの一度も表彰台にすら立つことの出来なかったマシン、NSR500Vでのフル参戦であった。

世界のトップで戦える日本人レーサーとして活躍!

1997年、青木拓磨選手は、限られた状況のなかで、期待以上の活躍を見せつけていきます。

#24 Takuma Aoki HONDA NSR500V 2

最強のチームではあるが、最高の環境には程遠かったはず。

チームは初めて、世界グランプリフル参戦という舞台も初めて、マシンも初めて、サーキットも初めて・・・。

強いチームには基本データがあるはずですが、チームの主力が4気筒勢のレプソル・ホンダ。

昨年新開発したばかりのNSR500V。

#24 Takuma Aoki NSR500V -1

そこにニューカマーの拓磨選手。

まぁ、使えるデータすらなかったと想像できます。

ビジネス界で経営資源を指す対象に「ヒト・モノ・カネ」というものがありますが、優秀なメカニックも、良いタイヤや部品も、マネーパワーも、みんなミック・ドゥーハンやアレックス・クリヴィーレに行くに決まってるじゃないですか。

でも、拓磨選手、みごとに闘ってくれました。
凄いレーサーです。

#24 Takuma Aoki HONDA NSR500V 3

世界中が注目です。

こいつ凄いな!って。

そう、環境の違いを知っているからです。

1年間世界のトップライダー達に割って入る活躍を見せて、最終戦では最後の最後まで優勝争いまでして、来年度に期待しないわけはないじゃないですか。

初年度で驚くべき順応性と速さを魅せた男が、コースを覚え、チームでの立場を確保し、データを取り、ステップアップしかないですよね?

・・・でも、事件は起きました。

世界戦歴
1997年 世界選手権WGP500 ランキング5位(レプソル・ホンダ、NSR500V)
鈴鹿8耐 リタイヤ(ウルトラマンレーシング)
 
1998年2月 開幕前のテスト中に脊椎を損傷。以降車椅子生活を余儀なくされる。
 
レーシングチームの助監督などを経て・・・後に4輪へ転向

#24 Takuma Aoki HONDA NSR500V 4

もっともっと活躍していて欲しいライダーでした。

今は4輪もそうですし、社会貢献活動なども力を入れてくれているようなので、引き続き応援していきます。

ありがとう!

青木拓磨選手の回想

青木拓磨選手のブログを見つけました。
本人しか知らない状況と想いが詰まっています。

青木拓磨さんのブログへリンク

2019年7月、青木拓磨、再びバイクに跨る!(追記)

「サイドスタンドプロジェクト」
事故の際の脊椎損傷で車椅子生活をしいられている青木拓磨。
彼を再びバイクに跨らせるプロジェクトが始動していました。
弟、青木治親が提案。
兄、青木宣篤が総監督!?

琢磨を再びバイクに乗せるんだ!
というプロジェクトです。

なんでもフランスGPの際のイベントで、障害をお持ちの方がバイクに乗る姿を見て、治親さんが衝撃を受けたそうです。
琢磨さんのやる気もあり、2019年7月、実際にCBR1000RRのエンジンに火が入りました。


鈴鹿サーキットでバイクに跨って走る青木拓磨さんを見るのは何年ぶりだったでしょう?

シフトチェンジはボタンで行うなどの特殊仕様のCBRでぶっ飛ばし始める琢磨選手!

すぐに240km/h!250km/h!!!と、さすがのライディング!笑

血ですかね? 

琢磨選手のレース、本当にもう少し見てみたかったですね。

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