原田哲也(はらだてつや)はイタリアで一番有名な日本人!? 日本人最強最速! ヤマハ、アプリリア、ホンダ

#31 Tetsuya Harada

イタリアで一番有名な日本人!オートバイレーサー原田哲也

#7 Harada YAMAHA WGP250(1995)

レーシングライダー 原田 哲也(ハラダ テツヤ)

時はバイクブーム。

千葉県出身の原田哲也少年はポケバイで腕を磨き、16歳の自動二輪の免許を取ると、すぐにレース界にデビューを果たした。

#4 Harada Aii Japan Road Race(1990)

国内での戦歴
1981年 ポケバイデビュー(10歳)
1983年 ミニバイクレースを始める(21歳)
1987年 筑波選手権 GP125クラスチャンピオン
1988年 全日本 ジュニア125ccクラス チャンピオン
1989年 全日本 国際A級250ccクラス ランキング4位
1990年 同上 ランキング2位
1991年 同上 ランキング2位
1992年 同上 チャンピオン
(1993年~ 世界選手権へフル参戦)

ヤマハから世界へ

ネスカフェヤマハレーシングチームの黒いレーシングスーツを身にまとい、全日本選手権を戦い抜きます。

#1 Okada vs #4 Harada All Japan (1992)

1992年に全日本ロードレース選手権 GP250ccクラスで、全日本3連覇のHONDA 岡田忠之選手を破り、全日本チャンピオンになると、すぐさま翌年に世界選手権WGPの250ccへフル参戦を果たします。

https://youtu.be/_kzGpBwNYIU

世界グランプリへのフル参戦シーズンの緒戦でライバル、ジョン・コシンスキー選手を破り開幕戦を優勝で飾ると、そのまま好調を維持し、シーズン4勝をあげて、シーズン初参戦で年間チャンピオンに輝きました!

Tetsuya Harada YAMAHA TZ250M(1993)

1977年に世界GP350ccクラスで日本初の世界チャンピオンになった片山 敬済(カタヤマ タカズミ)選手以来の、16年ぶりの日本人世界チャンピオンになったわけです。

ちなみに、原田選手のマシンに付けられたこのゼッケン31。
その由来は、ヤマハワークスの偉大なる先輩、平忠彦さんが、1986年のサンマリノグランプリで世界選手権初優勝を飾った時につけていたゼッケン31を受け継いでいるのです!

WGP250_1993_Rd3_JapanGP_harada _okada_capiloshi
鈴鹿サーキット、日本グランプリでの熾烈なトップ争い。

WGP250_1993_Rd3_JapanGP_harada_win
岡田選手にも競り勝ち、優勝は#31ヤマハの原田哲也選手!

ヤマハでの試練

全日本選手権時代、岡田忠之らホンダ勢のNSR250との争いに苦戦しました。

世界選手権のデビューイヤーになっても、世界チャンピオンにこそなったものの、ホンダNSRだけではなく、アプリリアも力を付け、1990年の世界チャンプ、ジョン・コシンスキーの駆るスズキのRGVΓもいました。

そんなライバルたちに囲まれている中で、そこにTZ250M。

翌年ディフェンディングチャンピオンになった原田選手に預けられたマシン、それもTZでした。

#1 Tetsuya Harada YAMAHA (1994)

モディファイしていてもTZ…。

WGP250 YAMAHA Tetsuya Harada

1996年にやっとYZR250を貸与されますが、その翌年にはついにアプリリアへと移籍してしまします。

アプリリアへの移籍

原田選手の速さにはイタリアのバイクメーカーも目をつけます。

#31 Harada vs #65 Capirossi WGP250

原田選手はイタリアのバイクメーカーAprilia(アプリリア)と契約を結ぶことになりますが、これが日本人ライダーとして初めて、外国バイクメーカーとのファクトリー契約事例ということになります。しかも、持参金なしの能力評価だったそうですから如何に欲しがられた才能だったかというのを、うかがい知ることが出来ます。

サッカーの中田 英寿(ナカタ ヒデトシ)選手が1998年にイタリアのセリエA、ペルージャへ移籍し、世間の話題をさらったが、原田はその前1997年にはアプリリアへの移籍を果たしており、イタリアで最も有名な日本人は、中田選手ではなく原田選手でした。

世界選手権での戦績
1993年 WGP250ccクラス チャンピオン(4勝)ヤマハ
1994年 同上 ランキング7位 ヤマハ
1995年 同上 ランキング2位(1勝)ヤマハ
1996年 同上 ランキング8位(1勝)ヤマハ
1997年 同上 ランキング3位(3勝)アプリリア
1998年 同上 ランキング3位(5勝)アプリリア
1999年 WGP500ccクラス ランキング10位(ルーキーオブザイヤー)アプリリア
2000年 同上 ランキング16位 アプリリア
2001年 WGP250ccクラス ランキング2位(3勝)アプリリア
2002年 MotoGP ランキング17位 ホンダ

V.ロッシにセッティングをパクられた男

Apriliaのファクトリーライダーになった原田選手。チームメイトにはロリス・カピロッシ選手、まだ若きヴァレンティーノ・ロッシ選手。

1998 Aprilia Racing Team

1998年にはカピロッシもロッシも、まずは原田選手のマシンセッティングに右に習えで、同じセッティング、同じタイヤで走っていたそうです。

原田選手は、そのくらい大物たちに注目されていた選手でした。

後にその原田選手をしても「かなわない・・・」という相手、加藤大治郎選手が現れるのですが・・・。

つづく。

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