小林大(こばやしまさる)はGP250ccクラス全日本チャンピオン!のオートバイレーサー

#44 Masaru Kobayashi SuzukaGP1987

小林大(こばやしまさる)選手はGP250ccクラスの全日本チャンピオン!です

1984年、1985年の全日本ロードレース国際A級 GP250ccクラスの全日本チャンピオンです。

1987年、20年ぶりに開催された世界グランプリの第1戦 鈴鹿グランプリで、初出場初優勝を果たすなど大活躍しました。

#1 Masaru Kobayashi HONDA

小林大選手について

小林 大 (こばやし まさる、1959年12月26日 – )
茨城県水戸市出身
元オートバイレーザー。

1984年にホンダ・レーシングチーム(HRC)と契約するなり、1984年と1985年に2年連続で全日本ロードレース選手権のGP250ccクラスで全日本チャンピオン2連覇を果たした人です。

平忠彦選手との比較

小林大選手はイナレーシングさんの出身で、同じチームには平忠彦さんも在籍していたそうです。

YZR500_taira21_Marlboro平忠彦(たいらただひこ)は汚れた英雄! イケメンすぎるレジェンドライダー!

最初はよく転ぶし、全然上手くなかった平忠彦選手と、最初から速かった小林大選手というように、よく引き合いに出されます。

小林選手の主な戦績

戦績
1984年 全日本ロードレース選手権 GP250cc 全日本チャンピオン

1985年 全日本ロードレース選手権 GP250cc 全日本チャンピオン(2連覇)

1986年 全日本ロードレース選手権 GP250cc 4位(チャンピオンはYAMAHAの片山信二)

1987年 全日本ロードレース選手権 GP250cc 2位(チャンピオンはチームメイトの清水雅広)
唯一参戦した鈴鹿日本グランプリで優勝!(世界戦、初出場初優勝)

1988年 全日本ロードレース選手権 GP250cc 2位(チャンピオンはYAMAHAの本間利彦)
唯一参戦の日本グランプリで3位!

味の素ホンダレーシングチームのかっこよさ

1987年からのスポンサー、味の素さんのスポーツドリンク「テラ」のイメージカラー、ブルーが格好良かったですよね。

この年は毎戦毎戦、チームメイト、清水雅広選手との1-2フィニッシュのオンパレードで、チームの強さが圧倒的でした。


その後の小林大

1989年に引退。
1990年から3年間は、カップヌードル・ホンダチームの監督を務めます。

その後は、ヘリコプターのパイロットになりますが、墜落事故で車椅子生活になります。

現在は会社勤めをしながら、車椅子マラソンに取り組んでいらしゃるそうです。

関連記事

チームメイトでライバル、清水雅広

Masahiro Shimizu HONDA NSR250_ in筑波清水雅広(しみずまさひろ)は孤独なハリケーン!片山敬済以来の世界チャンピオンを期待された男! ホンダ

1988年の好敵手、ルーキー本間利彦

UCC YAMAHA GP250 Toshihiko Honma本間利彦(ほんまとしひこ)は19歳のレジェンド!霧の中のスーパースター!

引退の引き金を引いたか?次世代のエース、岡田忠之

HONDA_NSR500_1997_okada岡田忠之(おかだ ただゆき/HONDA) 最強クラスWGP500で世界最速に一番近づいた日本人ライダー!

日本人ライダー最速は誰

日本人ライダー最速は誰!?日本人ライダー 最速 12選手一挙紹介! MotoGPの前はどうだったの!?

 

▼▼スポンサーリンク▼▼

>>バイク買取専門店バイク王

>>BIKE and LIFE トップページへ

 


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。