三浦昇選手! 満身創痍のレーシングライダーの現在

オートバイレーサー三浦昇選手について

三浦昇(みうら のぼる)
青森県八戸市出身

主に全日本国際A級ロードレース選手権TT-F1クラスで活躍したレーシングライダーです。

1982年 ノービスクラスの全日本ロードレース選手権250ccクラスチャンピオン

1983年 国際B級 全日本ランキング2位

スーパーノービスから、スーパー国際B級の走り。
当時の国際B級は国際A級と混走などしており、その中で、国際A級級のライダーを食うような走りを見せつけていました。

ヨシムラでも活躍し、その速さを認められ、ホンダワークスであるHRC入りした三浦選手はやはり速い。

1988年 全日本 TT-F1クラスのランキングは2位です。
この年のチャンピオンは同じヨシムラ出身の宮崎祥司選手(HONDA RVF750)

その後も活躍されました。

三浦昇選手の印象

ノービス、国際B級、国際A級。

250ccからFF-F1(750cc)。

中部ミスターバイク、ヨシムラ、HRC。

すべての場面、すべてのステージで速さを見せつけた三浦選手ではありますが、

とにかく、怪我が多い印象で、それがなかったらもっと記録に残っていても良かったであろう選手です。

怪我がひどすぎる

1985年には左足を複雑骨折。

骨髄炎なども起こし、しまいには骨を短く切ってつなぎ合わせる。。。

足は短くなり、

角度は30度以上外を向く。

それでも、約2年後、サーキットに復活すればパールポジション、優勝など。

満身創痍の化け物です。

レーサー三浦選手の現役時代の動画

記憶をたどるために観てみましょう。

▼▼1988年 全日本国際A級 TT-F1クラス 第1戦 鈴鹿

国内4メーカーが出揃い、ライダーも、そうそうたる顔ぶれが揃った激戦区です。

最後の最後まで、熱いバトルから目が離せません。

三浦選手の言い訳

怪我が多いということは、転倒が多いということでもありまして。

ヨシムラ時代の速さも、「POP吉村(創業者)がチューンしたマシンは直線がとても速かった……」と語っています。

ただし、16インチタイヤの黎明期で、ハンドリングには難があり、いわゆる直線番長仕様だったそうです。

「なので……」

つまり、大変だったのだそうです。

鈴鹿8耐久も参戦

1987年には、かつてワインガードナー選手と組んで8耐優勝経験のある徳野政樹選手とのコンビで出走しています。

徳野政樹/三浦昇組(RVF750)の結果は決勝12位。

その後、

1991年にも、同じく徳野選手とのコンビで2分17秒063を叩き出し、予選21位になっています。
マシンはMoriwaki ZERO VX-7 でした。

無免許運転疑惑!?

国際A級のライセンスを持ち、FF-F1クラスで750ccのハイパワーマシンを自由自在に振り回す。

全日本ランキングも2位にまでなっている三浦昇選手ではありますが、

実は現役時代、大型バイクの免許をお持ちではなかったそうです。

実際に、引退してから丸山浩さんの丸耐に参戦後、大型免許取得のために、教習所に通い始めたそうです。

世界耐久選手権でチャンピオンを獲った北川圭一選手も、同じく最近になって教習所に通っていたという……。

MotoGPでも活躍した中野真矢選手も、引退してから、「あ!免許ない!」って……。

どうやらこの話、レーサーあるあるみたいです。

三浦昇選手の現在

そんな三浦選手の現在は……。

ご本人のFacebookによりますと、

なんと、バリ島でレストラン業を営んでいらっしゃるそうです!

およよ。

バリですか?

でも、怪我の治療で、日本に戻ってくることも多々あるご様子。

三浦選手に会いたければ、バリ島か? もしくは帰国時を狙って神戸大学医学部附属病院か!?

そんな感じのようですよ。

>>【三浦昇さんのFacebook】

 

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