ワインガードナー(Rothmans HONDA NSR500)はモリワキから世界チャンピオン!ブルーサンダー!

Gardner_NSR500_1987

ワイン・ガードナーについて

オーストラリア出身のロードレーサー。
1987年、当時世界最高峰クラスWGP500ccクラスの世界チャンピオン。

WayneGardner1987

ワインガードナー略歴
ワイン・ガードナー(Wayne Michael Gardner , 1959年10月11日 – )
オーストラリア ニューサウスウェールズ州ウロンゴン出身

「ウロンゴンの悪ガキ」

本人も自伝の中で明かしていますが、結構やんちゃくれだったようです。
半ば捨てられているんじゃないかと思うようなバイクを安く買って乗り始めてから、この人のバイク人生が始まります。
 
1980年、オーストラリアのレースで、モリワキの森脇護に見出される。
1981年、モリワキからイギリス国内選手権やアメリカのレースに参戦。
同年、鈴鹿8時間耐久オートバイレースの予選で驚異のコースレコードを叩き出し、一躍注目を集める。
1983年、ロードレースの最高峰、世界選手権(WGP)500ccクラスに参戦開始。
紆余曲折を経て、1987年、オーストラリア人初の世界チャンピオン!
 
世界GPデビュー戦で不幸なアクシデントに遭うなどしながらも、不屈の精神でチャンピオンにまで登り詰めた、オーストラリア人ライダーの先駆け的な選手のひとりです。


森脇護との出会い、日本人にはとても馴染みの深いライダー

ワイン・ガードナーがオーストラリアの国内レースを走っている際に、モリワキレーリングの代表、森脇護氏に見出されて、いよいよ本格的なレース活動をしていくことになります。

AMA MORIWAKI Wayne Gardner

1980年から1990年代前半に向けて、一気に駆け上がっていきます。

モリワキ時代

モリワキからイギリスのロードレース選手権に出場し、頭角を表します。

SUZUKA8H MORIWAKI MONSTER 1981

1981年の鈴鹿8時間耐久オートバイレース(いわゆる8耐:ハチタイ)でも、モリワキモンスターにまたがったガードナーが予選で衝撃的なタイムを叩き出し、一躍世界中の注目を浴びることになります。

世界選手権へ!WGP500に参戦!

その後も、イギリスや日本のレースで活躍します。

MORIWAKI Wayne Gardner GB

スワンシリーズのチャンピオンになったり、カストロール6時間耐久レースで勝ったり、
イギリスのTT F-1クラス チャンピオンになったりしています。

ロスマンズ・ホンダで活躍

ワイン・ガードナーといえば、ロスマンズカラー。
ロスマンズブルーが映えましたね。
付いたあだ名が「ブルー・サンダー(青い稲妻)」です。

WayneGardner1986

世界グランプリの最高峰クラスにて、NS500を貸与されたあたりからはもう、大活躍です。
1985年、ガードナーはゼッケン7番のNS500でしたが、その年、前年世界チャンピオンのフレディー・スペンサー、ロケットスタートで有名なロン・ハスラム、マモラ乗りのランディ・マモラ・・・。みんなRothmansカラーを身にまとい、ロスマンズ艦隊!などと呼ばれていましたね。
その中で、ガードナーはとても強いライダーで、またたくまに、のし上がって行きました。

▼1986年のワインガードナーです。ローソンに追いつけ追い越せとしている姿にシビレました。


そのあたり数年の成績を見ると、

主な戦績
1983年 WGP500ccクラスの世界選手権にデビュー ランク外
1984年 世界ランキング7位
1985年 世界ランキング4位
1986年 世界ランキング2位
1987年 世界チャンピオン!!

1987年は、まさにホンダのエースとして、エディー・ローソン、ランディー・マモラのヤマハ勢と真っ向勝負して、日本グランプリからアルゼンチングランプリまでの全15年戦中7勝!すべてのレースでポイント獲得!という圧倒的な強さでチャンピオンに輝きました。

マシンはホンダNSR500!
名物、とぐろチャンバーをやめてパワーアップしたマシンは爆発的に速かった印象があります。
確かこの年のチーフエンジニアはジェレミー・バージェス。名ラーダーのバックには名エンジニア有りです。

補足
※ジェレミー・バージェスは後に、ミック・ドゥーハンやバレンティーノ・ロッシの世界選手権奪取にも貢献します。

1989年母国GPフィリップアイランドでの戦い

このサーキット、名勝負が生まれますね。

1989年、目の離せない1戦となりました。


期待を上回る!オーストラリア・グランプリでの活躍!

成績を見ても、ライダーなのはわかりますが、「この人凄い!」と本当にしびれて、泪が止まらなかったレースがあります。

1990年のオーストラリア・グランプリ
ガードナーにとっては2度目の母国開催のレース。
前年に引き続き、怪我に泣いたシーズン。
そんな中での母国で迎えた年間全15戦のシリーズ最終戦!
もう、やるしかないですよね。

でもレースは、終盤を迎えてもTOP集団が団子状態。同じオーストラリア出身の後輩、ミック・ドゥーハン、シュワンツ、レイニーらと4つ巴のバトルになります。
なんとかしてTOPを奪って優勝したいガードナーですが、成長著しいミック・ドゥーハンが行く手を阻む。
よし!つかまえた!と背後に迫ったその時に・・・ハイサイド!
転倒こそ免れたものの、衝撃でカウリングステーが折れ、カウルがガタガタのグラグラに・・・
それでも諦めないガードナーは、追撃の手を緩めずに・・・

そのときのレース映像は▼▼コチラ(すでに削除されてるかも・・・)


 

鈴鹿8耐

豪快で野性味あふれるライディングを見せるガードナーだが、リカバリー能力が高く、しぶとい印象。
実際にバイク乗りの夏の風物詩、鈴鹿8時間耐久オートバイレースには10回の出場で、4回優勝している。
この世界各国から強豪が集まる、ライダーにもマシンにもチームにさえも過酷なレースに、「勝率4割!」
どれだけ強いんだろう?と思います。

WayneGardner1992

ワイン・ガードナーのヘルメット

メジャーデビュー後に、ロスマンズホンダでチャンピオンを取ったデザイン。
チャンピオンになった1987年シーズンは、おでこにSWANのステッカーが貼られていました。
(スポンサーのSWANはSwan Brewery Company。ビールなどを販売。)

SHOEIさんからレプリカヘルメットが発売されていましたね。

SHOEIヘルメットWayneGardner

後に、発展形、トロイリーデザインのものと、3パターンありました。

シーズンオフのガードナー


あまりにも楽しそうで、大好きです。

HONDA VFR750

その後のガードナー

4輪に転向して、ルマン24時間耐久レースに参戦したり、全日本GT選手権にTOYOTAで参戦などして活躍しました。
後に2016年10月に息子の事件に関与して暴行容疑で逮捕されるなどもありましたが、1980年台を中心に、ロードレースファンの心を掴んで離さない伝説のライダーであることに変わりはありません。
応援し続けたいレジェンド・ライダーのひとりです。

 

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